2018-07-09

「オウム真理教」を考える〜なぜカルトに?③

人は自分のしたことを正当化する。これがのめり込んでいく時の心理だ。

情報は、信頼した相手から丁寧にもらう。しかし、その上で、短時間で次のステップへの決断を迫られると、自分の判断は誘導されやすい。自由な選択のはずが、強制されているのだ。それに気がつかないのが私たちの弱さだ。しかし、自分が選んだということが自分の行動への責任感を伴わせる。
自由選択と自己責任。
この原則は、私たちの日常に染み付いた行動原理だ。しかし、本当に自由だったのか。
カルト教団は、上手に私たちを誘導する。

今だったら、SNSなどの世界は、ほぼ一つの方向で意見が集まれば、その類いの情報ばかりが自分に送られてくる。リベラルな人にはリベラルな意見ばかりだし、保守的な人のところにはそのような意見ばかりが集まる。そうなると、異なる考えは、自分の中に何の存在根拠もなくなって行く。
情報操作は、今の時代容易なことなのかもしれない。
そういう情報の中で自分の行動が求められると動いて行く可能性は高い。そして、動いたら、その自分をそこに所属するものとして位置付け始めるし、その行動への責任を感じて行く。どこにでもあることだから、一般の社会でこれに当てはまらない集団はないだろう。カルトとの区別はつきにくいかもしれない。しかし、カルトは次第に次のステップへと私たちを誘導する。それが二元論的な世界観だ。



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