2016-07-21

1980年代の学生時代を振り返って ③

 山口百恵の引退が1980年。今で言えば「百恵ロス」ということだろうけれど、同世代を生きてきた自分にとっては一つの時代が過ぎ去ったと、新しい歩みに促されるような出来事だった気がする。百恵は清純派アイドルなのに、歌う歌詞はすこしキケンな香りで、一般的な清純派イメージを崩しながら、思春期から大人の女性に成長する姿を楽しませたアイドル像だった。山口百恵を論ずるほどには通じているわけではないけれど、貧しい家庭に生まれて新聞配達のバイトまでして家族をささえるような少女だった彼女が、同じ世代の活躍に心揺さぶられて「スター誕生」に応募して、苦労しながら夢を実現していったときいていた。その姿は、時代が求めた一つの「偶像」であったのかも知れない。高度経済成長時代が終わり、浅間山荘事件やオイルショック後の、ある意味で重苦しい70年代に、夢を描き、幸せを求める人々の心とともにあったアイドルだった。その引退が「結婚の幸せ」であり、彼女がそれ以降全く芸能界から身をひく潔さも、一般の多くの人々の苦しみと希望を共にしてくれたということであったかもしれない。拍手喝采で、彼女の引退を見届けながら、自分たちはどこへ行くのかと、同世代を生きた多くの心は何かを求め、自分を見つめる。引退後の彼女の「結婚の幸せ」が、確かに幸せであってほしいと願いつつ、もはやその幸せには自分たちを重ねていくべきものはないと、突然不安になるような何かに直面していたのではなかったか。

 このころから、個人的にももう歌番組は年末以外はあまり見なくなったかもしれない。百恵をつくった千家和也・都倉俊一、阿木燿子・宇崎竜童の歌謡曲の時代が一つに区切りを迎えていたということでもあるかもしれない。

 と同時に、あの頃しきりにポスト・百恵が誰かということが話題となって、「アイドル」という存在について漠然と考えさせられたように思う。アイドルとはよくいったもので、それが「偶像」という意味であるとしるが、なるほどいわゆるアイドルは同世代を生きる者に擬似宗教的体験をさせるものだし、また、そのアイドルによって自分に慰めや力を受け取っていったとといってもいいほどに、自分を投影させる存在なのかもしれない。そこに登場するのが松田聖子だった。こちらについては、なおのこと上手くかけない。けれど、いつか少し書いてみよう。

 とにかく、時代はバブルの全盛期に入っていく。女子大生ブームもその頃だったかな。しかし、漠然とした将来への不安が立ちこめていく。そんな時代でもあっただろう。豊かさや便利さは私たちの生活のスタイルと経済を大きく変えていったように思う。この80年代にコンビニエンス・ストアが広がりはじめる。住宅街のなかにも点在していた小さな商店街は、地域のなかの大型スーパー(西友など)によって、存続が難しくなっていったが、それぞれの街角には消費のニーズがあり、宅配で成り立っていたお米や牛乳店、酒屋などがコンビニに転換していく。これは、あっという間に町並みを変えていったように思う。一足先に広まっていたファストフードとともに、マニュアルによる統一したサービスは機能的で合理的、消費社会の新しい接客のスタイルを造り出す。こういう生活がひろがっていったのはこの時代だった。
 80年代前半の教育学研究室での一つの話題は、高吸水性ポリマーによってもたらされた新しい使い捨ての紙おむつ話題だった。忙しい働くお母さんには画期的な便利さだったが、母子関係に大きな問題をもたらすのではないかと語られたのだ。つまり、このおむつは、おしっこやうんちをしても子どもが不快感を持たずに過ごし、親に訴え、「泣く」ことがなくなる。親は、自分の都合で定期的にチェックをして、取り替えればすむ。極めて便利な代物だが、これでは、親と子の関係が今までとは代わり、不快と快という赤ん坊にとって最も基本的な欲求の満足に親が関わるコミュケーションが失われいくことで、人間関係に根本的な変化が起こり、これは人格発達に大きな影響をもつのではないかといわれたのだ。

 便利さは人の生活に余裕をもたらし、あまった時間に人間的なコミュニケーションが豊かにされていくということが、まことしやかに語られていた。しかし、それは本当なのだろうか。その頃教育学のゼミで取り上げたのがミヒャエル・エンデの『モモ』(1973年にドイツで刊行、76年には日本語翻訳が岩波より)だった。時間泥棒の灰色の男たちが世界から時間を奪い、人間性を奪い取っていく。その世界にもう一度人間性を取り戻す少女モモの活躍が描かれる。時間をかけて、ひとの話に耳を傾け、その人を愛するモモが時間泥棒のシステムを崩壊させて、時間を解放させるという話だけれども、ちょうど世界の便利さのなかにゆったりとした新しい時間と人間性が謳われながら、実は忙しいだけの世界になり、人間関係が壊されていく現実をひしひしと感じたあの80年代に学ぶにふさわしい教材だったように思う。それほど、見える形で世界が変わっていった時代だったという気がする。



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