2009-06-22

ヴォーリズ展




先日までのパナソニックビルに汐留ミュージアムでウィリアム・ヴォーリズ展が開催されていた。メンタム(メンソレータム)の近江兄弟社を設立した人だが、もともとは英語教師として日本にきた宣教師で、琵琶湖畔での彼の活動は日本人に大きな感化を与えたことで知られる。のちに建築家として活躍し、神戸女学院をはじめ多くの学校、教会、病院や郵便局などを設計している。その設計の美しさにも魅了されるが、彼のキリスト者としての生を深く思わされた。
肌の色だけではなく、ことばも文化・宗教もまったく違った世界である日本に来て、その生活と働きを通して多くの日本人の心を魅了したヴォーリズの遺した作品を、日本におけるキリスト教史の大切な一ページとして考えたい。

2009-06-10

セミナー 発表原稿



むせかえるほどの甘い栗の花のにほひ。雨あがりの道にたちこめて、先を急ぐ足をとめる。
不思議と、遠い昔がよみがえってくる予感が胸の奥でうごめいてくる。その瞬間に、何か大きな御手が自分の歩みを包み込んでいるように感じられて、しばらく委ねてみたりする。



さて、先日から、なんとかならないかと悪戦苦闘中だけれども、これでセミナーでの発表原稿が見られるとよいのですが。




http://docs.google.com/View?id=dhbtdn5z_13d9p8pvfh

2009-06-04

牧師のためのルター・セミナー


毎年、6月の初めにルーテル学院大学付属ルター研究所主催で、「牧師のためのルター・セミナー」が開かれている。今年も1日から3日、昨日まで二泊三日で行われた。場所は、長く御殿場で行われてきたが、ここ数年は三浦海岸で行っている。と言っても、二泊三日ほとんど缶詰で研究発表に学ぶので、どこであってもあまり変わらないといえばそうなのだけれども・・・。以前h、もう少しゆったりとしたスケジュールだったが、最近は、みっちりと取り組んでいるので、結構疲れるものだ。でも、缶詰にでもならないと集中した時間を過ごせないのも事実だから、たまには、こういうのもいいなと思う。
今年のセミナーのテーマは「洗礼」だった。昨年08年は「二王国論」だったが、05年が「教会論」06年に「礼拝」、07年に「聖餐」と取り上げてきて、いわゆるルター研究のなかでも教会という脈絡をもって学ぶ傾向は、うちの大学・神学校の付属研究所としてふさわしいあり方ということがいえるだろう。改めて洗礼の恵みについて深く学び、またその実践的課題についても学ぶことができた。自分の研究発表については、後に詳しく紹介することとしたいが、アメリカの福音ルーテル教会が06年に出版した新しい礼拝書のなかに見る洗礼の神学と実践をレポートし、こうした教会の取り組みを生み出したアメリカの教会と社会の現実を分析した。それは、アメリカでの取り組みを何でも日本に取り入れるのではなく、それぞれの社会や文化、宗教的な現実のなかで、何を教会は必要とし、また伝えようとしているのかという実践の総体をとらえなければ、日本の宣教に本当に生かさる神学にも実践にもならないからだ。
写真は、ルターがワルトブルグに幽閉になりながら、聖書の翻訳に取り組んだ場所。ルターは絶えず神学がどんなふうに実践を生み出して行くのかということに心を砕いてきた。その時代にともに生きる人々に神の言葉を伝えることに生きたといってもよい。ルター派の伝統の中で、何を世に伝え、ともに生きていくことができるのか。それがわたしたちの課題だと思っている。